美人の基準

美人かどうか?
女性なら誰でも、いや、男性にとっても気になるところです。

美人とはなにか?

この間、レオナルド・ダ・ヴィンチに関するテレビ番組で、モナリザが時代を超えて多くの人々を魅了するのは、黄金比を効果的に使っているからだ、というようなことを言ってました。
ん〜、モナリザ、絵画として至高の価値、美しさがあるのはいいとして、彼女自身が絵を飛び出して現在の街中をほっつき歩いてたら、必ずしも美人とは言えないんじゃないかな。

あと黄金比は人間が生理的に美しいと感じるので、顔の整形をする医者が、顔のパーツのいろんなバランスを黄金比を基準に決める、と言ってたんですけど、これはどうなんでしょうね。
そもそも現代だって、世界共通の美人のコンセンサスってあるんでしょうか?
ミス・ユニバースだって、今年のセクシーNO.1女優(らしい)アンジェリーナ・ジョリーだって、別に世界各地で美人投票をしたわけじゃないですからね。

個人ひとりひとりでも、大きく美人の基準は変わってきます。
「いや、俺的には彼女は超美人だと思うんだけど」「いや〜微妙でしょ」
ってな会話が今日も明日もいたるところで繰り返されている。
でもそのことについては今回は扱いません。
だって、その時代の多くの人が考える美人、いわば社会的な美人のコンセンサスというものは当然あるはずです。
だからこそ、女性の多くは化粧をしたり、エステに通ったり、整形をしたりと、そのコンセンサスに少しでも近づくために、涙ぐましい努力を繰り広げてるんですから。
二重まぶたなのかどうか?ツリ目かタレ目か?唇は薄いとクール?厚いとセクシー?

永遠不変の美人っているのか?

よく時代によって美人の基準が変わるというような事を言います。
昔のアイドルなんかを今見てみると、なんかあまり冴えない感じに見えたりします。

世界三大美女と言われる、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町だって、
現代人から見たら、拍子抜けするような顔をしているんじゃないかなぁ。

で、ここからが本題。

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上の右の写真。
昭和の大女優、原節子さんです。

彼女が美人かどうか?
古くさい感じに見えたりとか、いろんな意見があるとは思うんですが、おそらく現代の人でも彼女のことを、ブスだとか変な顔だっていう人は、ほとんどいないと思うんです。
僕はとても美人だと思います。

彼女は1920年生まれで、1935年、15歳の時に映画デビュー。つまり第二次世界大戦の前から女優だったのです。
でも今の日本人から見ても美人に見える。
という事は、戦前から現代まで、少しづつ日本人にとっての美人の基準は変わってきてはいるけれど、根本までは変わっていない、と言えると思います。

いっぽう左の写真。
※こちらから画像を拝借しました

ほぼ日刊イトイ新聞「江戸が知りたい。東京ってなんだ?!」
その3 三越が生んだグラビアアイドル!? 芸妓「栄龍」の光芒。

この記事自体とても面白いです。

この方は大正時代、日露戦争が終わったあとにNO.1アイドルだったという栄龍(えいりゅう)という方なんですけれど、どう思います?

ん〜いや、きれいな方だとは思うんですけれど、なにしろNO.1アイドルですよ?
今で言ったら、好感度NO.1の松嶋菜々子でもいいし、柴崎コウとか、大塚愛とか、とにかく人気があるタレントの顔を思い浮かべてください。
僕の価値観だと、そこまでは美人とは思えない。
リンク先に、もうちょっと正面に近い写真もあるんですけれど、つり目で、一重か奥二重で、かぎ鼻で、眉毛が太くて、少し下膨れで、浮世絵の美人画に近いんですよね。

浮世絵の美人画は、今までに当然目にしたことがあって、これが当時の美人なんだって頭では分かっていても、それがこうして写真になってみると違和感がある。
今の女優がかつらを被って着物を着てるのと、全然違うもんなぁ。
それどころか昔の時代劇映画とも全然違う。
ただ、リンク先に
『今とは「美人」の感覚が違いますね。今の男の人はたいてい、驚きますね(笑)』
とあるので、ひょっとしたら女性の方がすんなり受け入れられるのかもしれませんね。

このブロマイドがだいたい1910年前後。
ということは、1910年代から、1930年代までのどこかで、日本人の美人の基準が大きく変わったんじゃないか?
江戸の流れを汲む美人の基準から、今日まで続く現代の美人の基準へ。

たぶんそれは映画の登場、つまり外国人を目にする機会が増えたからなんじゃないかと、勝手に仮説を立てています。

僕は鏑木清方氏など、昭和初期の日本画、とりわけ美人画が好きなのですが、それは江戸時代からの美人と、現代の美人とが、ちょうどよく重なり合ってるからかもしれません。