まだ私が日本のアニメ業界の「中の人」であるうちに書評を。
すごい。「中の人」やビジネスで中国と関わる多くの人は必読。
そしてそれ以外の方、特に中国人を毛嫌いしたり、どうせ観てるのは海賊版だろ?ってツッコミを入れるような人にこそ読んで欲しい。
本書「中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす」は、NBonline(日経ビジネス オンライン)の中国”動漫”新人類 をまとめ、加筆したもの。連載は継続中。でも最新の連載の文もこの単行本には収録されています。
この本は中国の若者の間で日本のマンガやアニメが流行っている、という「時事ネタ」を紹介しただけの本ではありません。
それはほんの入り口で、
- 中国の人々はいったい日本をどう考えているのか?
- 日本は嫌いだけど、日本のアニメやマンガは好きという感情はひとりの中国人の中で両立し得るのか?
さらには政治や経済、国家や歴史、戦争にまで話題は発展し、多角的に中国の「いま」に切り込んでいます。
正統的な書評はこの本を買うきっかけを与えてくれたアルファブロガ―、小飼 弾氏の書評に譲ります。
西にCNN、東にアニメ – 書評 – 中国動漫新人類
私が書くのは中国の人々にとってのマンガやアニメの位置づけについてです。
私は日々制作現場でアニメーションの仕事を中国に発注して、納品されたものをチェックして、という仕事を(も)しています。
そんな私にとってこの本は普通の人の2倍楽しめました。
中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book) 遠藤 誉 日経BP社 2008-01-31 by G-Tools |
目次 – 日経BP書店|商品詳細 - 中国動漫新人類より
まえがき
第1章 中国動漫新人類—日本のアニメ・漫画が中国の若者を変えた!
1 中国清華大学の「日本アニメ研」が愛される理由
2 『セーラームーン』で変身願望を実現した中国の少女たち
3 『スラムダンク』が中国にもたらしたバスケブーム
4 なぜ日本の動漫が中国の若者を惹きつけるのか
5 意図せざる?知日派?の誕生—中学3年生から見えてくる日本動漫の影響度
6 『クレヨンしんちゃん』にハマる中国の母娘
7 日本にハマってしまった「哈日族」たち第2章 海賊版がもたらした中国の日本動漫ブームと動漫文化
1 初めて購入してみた海賊版
2 「たかが動漫」と、野放しにした中国政府
3 動漫の消費者は海賊版が育てた
4 仮説:「タダ同然」のソフトが文化普及のカギ
5 中国における動漫キャラクターグッズの巨大マーケット
6 日本動漫の中国海賊版マーケット
7 進化する海賊版製作方法—DIY方式と偽正規版
8 中国政府の知財対策と提訴数
9 日本アニメの字幕をつくる中国エリート大学生たち第3章 中国政府が動漫事業に乗り出すとき
1 中国のコスプレ大会は国家事業である
2 中国の大学・専門学校の75%がアニメ学科を
3 国家主導のアニメ生産基地の実態
4 アニメ放映に関する国家管理—許可証制度
5 『クレヨンしんちゃん』盗作疑惑の背景に見えてくるもの
6 中国政府は、日本動漫をなぜ「敵対勢力」と位置づけたのか?
7 ゴールデンタイムにおける外国アニメ放映禁止令が投げかけた波紋
8 日本アニメ放映禁止に抗議して、地下鉄爆破宣言をした大学生
9 日本アニメの多くは、実は中国で制作されている?
10 アメリカも崩せない中国ネット監視の壁第4章 中国の識者たちは、「動漫ブーム」をどう見ているのか
1 北京大学文化資源研究センター・張頤武教授の見解
2 『日本動漫』の作者・白暁煌氏の見解
3 中国美術出版社の林陽氏の経験
4 ある政府高官の、日本動漫に関する発言—中国はいずれ民主化する第5章 ダブルスタンダード—反日と日本動漫の感情のはざまで
1 清華大学生の日本動漫への意識と対日感情
2 ネット上での日本動漫と対日感情に関する議論
3 中国人民大学の「日本動画が中国青年に与える影響」に関する報告書第6章 愛国主義教育が反日に変わるまで
1 なぜ愛国主義教育が強化されるようになったのか
2 「抗日戦争」と世界反ファシズム戦争との一体化
3 台湾平和統一のために「抗日戦争」協調路線を展開
4 台湾系アメリカ華僑華人社会と、中国政府の奇妙な関係
5 華僑華人・人権保護団体が巻き起こした慰安婦問題
6 ネットで暴れる民族主義集団—憤青
7 日中の戦後認識のズレは、どこから来るのか
—アメリカに負けたのであって、中国に負けたとは思っていない日本第7章 中国動漫新人類はどこに行くのか
1 日本動漫が開放した「民主主義」
2 ウェブににじむ若者の苦悩—「親日は売国奴ですか?」
3 愛国主義教育は中華民族の尊厳のためか、それとも中国共産党の基盤強化のためか
4 中央電視台が温家宝のために敷いた赤絨毯—「岩松看日本」
5 精神文化のベクトル、トップダウンとボトムアップ
6 中国が日本に「動漫」を輸出する日あとがき
この春、ついにテレビ地上波でのアニメーション放映本数が前年度を割りました。
近年アニメは日本が誇る重要な産業だとか言われていますが、実際のところゴールデンタイムの放映は週でほんの数本。
それでもトータルの放映本数だけは今までどんどん増加してきたのですが、1本あたりの制作費も下落傾向に歯止めがかからず、先細りの様相がついに数字にも表れてきた形です。
少子化で子供も少なくなり、DVDも売れず、市場自体が縮小している。
製作現場は悲惨で、みな貧乏に耐えきれないか、体を壊して辞めていく。
産業として破綻している、いや最初から産業として成立していない。
でもそんな製作現場であっても、唯一制作者が報われる要因があるとしたら、それは視聴者が作品を愛してくれるということに尽きる。少なくとも私にとってはそうです。
でも現代の日本ではそれも難しい。
かつてゴールデンタイムのアニメは視聴率は15%以上が当たり前の優良コンテンツでしたが、現在は「サザエさん」を除くとゴールデンでも6〜10%前後、それ以外は5%を切るのが普通です。
今の小学生にとっては「クラスのみんなが見ているアニメ」は無いかもしれない。
業界のヒット作も青年向け、もっと言えばアニメファン向け。
それは悪いことではないけれど、閉塞感はある。
あらかじめアニメを観る人と観ない人が別れている。
でも中国は違う。
中国で最初に日本のアニメがテレビ放映されたのが1981年。「鉄腕アトム」(本書では書かれていないがおそらく日本で1980年から1981年に放映された鉄腕アトム (アニメ第2作)だと思われます)。
そして1980年代後半生まれで、現在20代後半の人々を本書では中国動漫新人類と定義し、日本のマンガやアニメを当たり前に観て育ち、新しい価値観を持った世代だとしています。
1981年からさかのぼること18年、日本で事実上最初のテレビアニメが1963年。奇しくも同じ「鉄腕アトム」。
そこを基準に考えると、1960年代半ばに生まれ、現在40代半ばの人々……オタク第一世代が日本で言う彼らに当たるのかもしれない。
つまり中国の人々にとってアニメというのは、現代の日本人にとってのアニメよりもずっと魅力的で、学校でもクラスのみんなが観ていて、影響を強く受けているメディアのようなのです。
日々中国の人々、それこそ20代後半の人ともよくやりとりをしますが、正直日本では考えられないような酷い仕上がりだったり、仕事に対するモチベーションの低さに辟易する時もあります。
でもそれは20年前のテレビアニメが現在の目で見るとクオリティ不足なのと同じなのかもしれない。
アニメを観て感化されたり、感動したり、それで日本語を勉強したり、親子で話題にしたりしている人々が海の向こうに何億人もいるということに感銘を受けました。それも「生き方を学んだ」とか今の日本人からすると大仰とも言える表現で目を輝かせながら語る人々が。
私は今月でアニメ業界を去りますが、次の仕事(広告業界)でも中国とは大いに関わりはあるし、出張もすることになると思います。このタイミングでこの本と出会えて良かったです。